いいほうへといいほうへと考える
2016年8月29日 7時00分00秒 (Mon)
精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…
私は、ものは考えようだといつもいうけれど、「幸福」も「不幸」も考え方しだいでどうにでもなる。
私は何ごとも、いいほうへ、いいほうへと解釈する。
生きていれば、腹の立つこと、悲しいこと、思い出したくないことも数多く出現する。
また、楽しく、愉快なこともいくらでもあるものだ。
そいういうことをいろいろ思い出しては、私は「まあ、なんだかんだといっても幸福な人生を歩んでいる」と考え、満足に近い心をもつ。
自分を幸福と信じる人が、本当の意味で幸福な人だと思うからである。
ある年齢になって、過去をかえりみて、「幸福だった」と思う人は、自分の過去をいいほうへ評価した人である。
いろんなことをやってきたという満足感をもっている。
老年になれば人はだれでも「それなりに幸福な人生だった」と思うのではないだろうか。
時間がたつといろいろなことが美化されるというのは人間にあたえられた特権である。
老年の人から「昔はよかった」という言葉をよく聞く。
しかし、どんな人でも「よかった」ことばかりがあったはずはない。
イヤなこともいくらでもあったはずである。
が、どんな苦しいことでも、長い間には美化され、悪くない思い出として脳裏に残るのだ。
目の前の嫌なことは片端から忘れていく。
これは実にうまくできたメカニズムである。
人間というのは実にうまくできていると思う。
一方で、満足できない、まだやり残しがあると思う人もいる。
私はそれも大切だと思う。
やり残しがあると自覚するのは、前向きなことなのである。
人生は勉強の連続で、必ずいくばくかの不満を持って人は終わる。
それはそれで結構なことではないか。
旅行をすれば見たいところは無数にある。
しかし、すべては見られない。
見逃しは必ずでてくる。
だから「次の楽しみにしよう」と思うのだ。
「もう一度ここに来たい」というエネルギーの源泉になる。
人生も、心残りを少しばかり持つのが幸福に生きるコツだと思う。
残したものを少しずつ埋めていくのが、また楽しいのである。
残り物に福あり、だ。
『ほがらかに品よく生きる--モタさんの言葉』新講社
斎藤一人さんは、こう語る。
「よく、過去は変えられないっていうけれど それはまったく違います。
なぜなら過去はあなたの中にある思い出だから。
どんなに嫌な思い出も『あのことがあったから今の自分があるんだ』といい思い出に変えてしまえばいいのです。
過去の思い出を自分の思い通りにすることができたなら、未来も素敵な夢に変えることもできます。
その夢に向かって今やれることを、楽しみながら一歩一歩進んでいく…。
そういう人に神様は味方してくれますよ」
「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という。
過去は考え方次第で、よくも悪くも変わる。
未来は、過去に対する考え方や見方が変わらない限り変わらない。
その人の生き方のクセだからだ。
悪い方に悪い方に考えるクセのある人は、未来も悪い方にいく。
どんなときも、いいほうへ、いいほうへと考える人でありたい。
私は、ものは考えようだといつもいうけれど、「幸福」も「不幸」も考え方しだいでどうにでもなる。
私は何ごとも、いいほうへ、いいほうへと解釈する。
生きていれば、腹の立つこと、悲しいこと、思い出したくないことも数多く出現する。
また、楽しく、愉快なこともいくらでもあるものだ。
そいういうことをいろいろ思い出しては、私は「まあ、なんだかんだといっても幸福な人生を歩んでいる」と考え、満足に近い心をもつ。
自分を幸福と信じる人が、本当の意味で幸福な人だと思うからである。
ある年齢になって、過去をかえりみて、「幸福だった」と思う人は、自分の過去をいいほうへ評価した人である。
いろんなことをやってきたという満足感をもっている。
老年になれば人はだれでも「それなりに幸福な人生だった」と思うのではないだろうか。
時間がたつといろいろなことが美化されるというのは人間にあたえられた特権である。
老年の人から「昔はよかった」という言葉をよく聞く。
しかし、どんな人でも「よかった」ことばかりがあったはずはない。
イヤなこともいくらでもあったはずである。
が、どんな苦しいことでも、長い間には美化され、悪くない思い出として脳裏に残るのだ。
目の前の嫌なことは片端から忘れていく。
これは実にうまくできたメカニズムである。
人間というのは実にうまくできていると思う。
一方で、満足できない、まだやり残しがあると思う人もいる。
私はそれも大切だと思う。
やり残しがあると自覚するのは、前向きなことなのである。
人生は勉強の連続で、必ずいくばくかの不満を持って人は終わる。
それはそれで結構なことではないか。
旅行をすれば見たいところは無数にある。
しかし、すべては見られない。
見逃しは必ずでてくる。
だから「次の楽しみにしよう」と思うのだ。
「もう一度ここに来たい」というエネルギーの源泉になる。
人生も、心残りを少しばかり持つのが幸福に生きるコツだと思う。
残したものを少しずつ埋めていくのが、また楽しいのである。
残り物に福あり、だ。
『ほがらかに品よく生きる--モタさんの言葉』新講社
斎藤一人さんは、こう語る。
「よく、過去は変えられないっていうけれど それはまったく違います。
なぜなら過去はあなたの中にある思い出だから。
どんなに嫌な思い出も『あのことがあったから今の自分があるんだ』といい思い出に変えてしまえばいいのです。
過去の思い出を自分の思い通りにすることができたなら、未来も素敵な夢に変えることもできます。
その夢に向かって今やれることを、楽しみながら一歩一歩進んでいく…。
そういう人に神様は味方してくれますよ」
「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という。
過去は考え方次第で、よくも悪くも変わる。
未来は、過去に対する考え方や見方が変わらない限り変わらない。
その人の生き方のクセだからだ。
悪い方に悪い方に考えるクセのある人は、未来も悪い方にいく。
どんなときも、いいほうへ、いいほうへと考える人でありたい。
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わたなべ治療室について

- 開設までの道のり
- 平成元年 国家資格取得後学生時代よりお世話になっていた整形外科に5年間勤務。
救急指定で手術、入院設備があり1日の来院患者数が500名を越える日も少なくない様な整形外科にて臨床経験(骨折、脱臼、捻挫等の外傷、病的な疾患、手術見学等)を積ませて頂き貴重な時間を与えて頂きました。またその間カイロプラクティック等の骨格矯正も勉強させて頂きました。
以後、専門学校講師の接骨院にて1年間勤務(午後は院長として)後
ご縁があり大田区萩中にて南蒲田整骨院を開設し30年間が経過しました。
2014年4月より従来の保険診療に加え根本治療と予防に特化した『わたなべ治療室』を開設致しました。 - 院長プロフィール
- 渡邉剛哉 年齢50代 O型 魚座
少年時代はサッカー少年 高校卒業後、休日はサーフィン三昧でした…今では衰えた体に鞭を打って肉体改造し行ける時には海に行って楽しんでいます。 夏大好き、海大好き人間です。
趣味 サッカー観戦(鹿島アントラーズのサポーターです) 旅行(宮古島、石垣島などの離島)
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